大判例

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最高裁判所第三小法廷 昭和53年(オ)1399号 判決 1980年7月15日

上告人

大森晴男

右訴訟代理人

高橋進

被上告人

近長商事株式会社

右代表者

吉川長夫

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人高橋進の上告理由一について

原審が適法に確定したところによれば、(1) 上告人は、昭和四八年末ころ、ガス配管工事、プロパンガス、ガソリンなどの販売等を業とする田中燃料株式会社(以下「訴外会社」という)の経営者で代表取締役である田中宏から、上告人の氏名を使用して「精華住設機器 大森晴男」の名称で商売をしたいので氏名の使用を認めてほしい旨依頼され、これを許諾した、(2) 田中はその後右名称を使用して新規の店舗を開店することはしなかつたが、昭和四九年一月九日株式会社三栄相互銀行大宮支店との間に「精華住設機器 大森晴男」の名義で当座勘定契約を結んで右名義の預金口座を開設し、その口座を利用して、上告人に了解を得ることなく、田中の経営する訴外会社の営業に関連して上告人名義で約束手形を振出していた、(3) 上告人は、右当座勘定による取引の事実を知りながら、当座預金残高が不足になつた際、田中の指示を受けて同人から現金を受領し自ら同支店に行つて入金手続をしたりして、これを黙認していた、(4) 被上告人代表者吉川長夫は、昭和五一年ころ初めて田中から同人の裏書にかかる「精華住設機器 大森晴男」振出名義の約束手形の割引を依頼された際、支払場所である前記三栄相互銀行大宮支店に振出人の信用状態を照会したところ、「振出人大森晴男は昭和四九年から同支店と取引があり、二〇〇万円の手形はいつも決済されている」との回答を得たので、安心して以後三回にわたつて手形の割引に応じたが、これらの手形はいずれも決済された、(5) 本件手形は、田中が自己の経営する訴外会社の営業に関連して前記当座預金口座を利用し支払場所を三栄相互銀行大宮支店とし、振出人欄に田中において用意した「精華住設機器 大森晴男」のゴム印と「大森」の印鑑を押捺し、受取人を田中として振出し、田中から被上告人に白地式裏書によつて譲渡したもので、被上告人は、前三回の割引の際と同様に、「精華住設機器 大森晴男」が振出した手形と信じ、田中の割引依頼に応じてこれを割引いて取得したものである、というのである。

右事実関係のもとでは、田中に「精華住設機器」を冠した自己の名称を使用して営業を営むことを許諾した上告人が、右の名称使用を許諾した営業の範囲内と認められるガス配管工事やプロパンガスその他の燃料の販売を業務内容とする訴外会社の営業のために上告人名義で振り出された本件手形につき、田中が右の名称を使用して営業を営むことがなかつたにも拘らず、これまでにその名称で三栄相互銀行大宮支店との間で開設した当座勘定取引口座を利用した前記振出名義の約束手形が無事決済されてきた状況を確かめたうえでその裏書譲渡を受けた被上告人に対し、商法二三条の規定の類推適用により、手形金の支払義務があるものとした原審の判断は、正当として是認することができる。所論引用の判例(最高裁昭和三九年(オ)第八一五号同四二年六月六日第三小法廷判決・裁判集八七号九四一頁)は、本件と事案を異にし適切でない。したがつて、原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。

同二について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(横井大三 環昌一 伊藤正己 寺田治郎)

上告代理人高橋進の上告理由

一、原判決は商法第二三条の解釈適用を誤り、判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。

(1) 原判決は「被控訴人は昭和四六年一〇月ころから京都府相楽郡精華町に本店を有し、ガス配管工事、プロパンガス、ガソリンなどの販売等を業とする田中燃料株式会社に常務取締役として勤務し右業務を担当していたが、昭和四八年末ごろ、同会社の経営者である代表取締役田中宏から、被控訴人の氏名を使用して「精華住設機器 大森晴男」の名称で商売をやりたいので氏名の使用を認めてほしい旨依頼されこれを許諾した。田中はその後右名称を使用して新規の店舗を開店することはしなかつた」と認定し、精華住設機器大森晴男名義で田中宏が営業取引をしたことがないことを認定している。

そして、原判決は「田中は昭和四九年一月九日株式会社三栄相互銀行大宮支店との間に「精華住設機器 大森晴男」の名義で当座勘定契約を結んで右名義の預金口座を開設しこの口座を利用して、被控訴人にそのつど了解を得ることなく田中の経営する前記会社の営業に関連して被控訴人名義で約束手形を振出していた。被控訴人は右当座勘定取引の事実を知りながら、当座預金残高が不足になつた際、田中の指示を受けて同人から現金を受領し、自ら同支店に行つて入金手続をしたりこれを黙認していた」と認定する。原判決は右の事実関係を前提として、商法二三条の類推適用によつて手形金の支払義務があることを認めた。

しかし、最判昭和四二年六月六日の判決は、商法二三条にいう営業とは事業を営むことをいい、単に手形行為をすることは含まれないと解すべきであると判旨し、商法二三条の適用を否定した。そこで、本件事案についても商法二三条の適用が否定されると信じているところ、商法二三条の類推適用によつて認められた。それは意外であつた。何故なら前記最高裁判決は商法二三条の適用を否定し、その類推適用も認めなかつたからである。類推適用を認めるということになると商法二三条の明文の規定に記載されていないどんな事実関係までに類推が及ぶのか不明である。それが明らかに判明していなければ争点も明らかでなくどこまで攻撃防禦をすればよいのかわからない。本件では前記最高裁判決があるので争点が限定され、攻撃防禦も争点にだけしぼられた。もし民法の表見代理の法規が問題になつているのであればそれに従つた争点と攻撃防禦が尽され、事案の解明、真実の発見に役立つたものと思料される。前記最高裁判決が商法二三条の適用を否定して、審理不尽を理由に破棄差戻を命ぜられたのは事実解明のため、誠に適切な処置であつたと思われる。

(2) 原判決は「本件手形は田中が自己の経営する前記会社の営業に関連して前記当座預金口座を利用し、支払場所を三栄相互銀行大宮支店とし、振出人欄に田中において用意した「精華住設機器 大森晴男」のゴム印と「大森」の印鑑を押捺し、受取人を田中として振出し、田中から控訴人に白地式裏書によつて譲渡した」と認め、更に「田中の経営する前記会社の業務内容であるガス配管工事やプロパンガスその他の燃料の販売は「住宅設備に関する機器の販売」の範囲内の行為であるところが明らかである」と認定する。この認定事実は何を意味するのか理解し難いのである。即ち商法二三条を類推適用するための一つの要件事実として認定されたのであろうか。そうとすれば商法二三条の明文の規定とは非常に離れているし、それが予想していないようなことではないだろうか。即ち「精華住設機器 大森晴男」という営業は開業もしていないし、その看板をこしらえたこともないのである。一方田中宏の経営する田中燃料株式会社は従来からその商号で営業をしているので「精華住設機器 大森晴男」とは全然関係ないのである。それを恰も田中燃料株式会社の営業を田中が精華住設機器大森晴男でやつていると認定しているように理解され、そうとすると事実誤認は明らかで、経験則違反であり、且つ上告人が「精華住設機器 大森晴男」という名称を使用することを許諾したのに対し、無理にその実体である営業を結びつけようとするもので、商法二三条を類推適用するため無理な認定をしているといわざるを得ないのである。

そうではなくて、第一審判決が正当に認定しているように「被告はサラリーマンで精華町に住居なく、同銀行と取引はないのであるから「精華住設機器 大森晴男」名義で右銀行と取引をなし、従業員五、六名を使用し、二〇〇万円位の手形をいつも決済していたのは、訴外田中宏であると推察され、そうすると原告は「精華住設機器 大森晴男」こと訴外田中宏の銀行取引、営業状態を聞いて安心して割引いたものであることが明らかであつて、被告の名に信頼し、被告振出の手形であると誤認したが故に割引いたものではないのであるから商法二三条によつて被告に振出人としての責任を問い得ないものというべきである」

二、原判決は自由心証主義の解釈適用を誤り判決に影響を及ぼすこと明らかな法令の違背がある。原判決は「昭和四九年一月九日株式会社三栄相互銀行大宮支店との間に「精華住設機器 大森晴男」の名義で当座勘定契約を結んで右名義の預金口座を開設しこの口座を利用して、被控訴人にそのつど了解を得ることなく田中の経営する前記会社の営業に関連して、被控訴人名義で約束手形を振出していた。被控訴人は右当座勘定取引の事実を知りながら」と認定されるが、被控訴人が右当座勘定取引の事実を知つたという証拠は明らかでない。これは当座預金残高が不足になつた際、田中の指示も受けて同人から現金を受領し自ら同支店に行つて入学手続をしたという証言から認定されたものかも知れないが、上告人は田中の指示で入金に行つたことがあるだけで、それが大森晴男名義の当座勘定契約が結ばれていることは知らなかつたし、上告人名義で約束手形が振出されていることも知らなかつたのである。その約束手形に押印されているゴム印も印鑑も上告人のものではなく勝手に田中が作つたものである。それを右証言だけから当座勘定契約が結ばれていることを知つたこと。そしてこれを知つて黙認していたのだから、田中が右当座預金口座を利用して同支店を支払場所として、上告人名義の約束手形を振出すことを暗黙のうちに許諾していたものと推認するのが相当であると判示される。けれども最も重要な手形行為についての名義使用許諾の認定が、中川証人の一般論や推測による証言だけで推認されるのは証明不十分であり、審理不尽の違法があると思料する。

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